息抜き落書き - 【SS】思い出の場所
俺の名前は真田優也。ヒイラギシティに住んでいる中学二年生だ。
とはいえ昔からこの街に住んでいたわけじゃない。俺が、この街へ引っ越してきたのは今から八年前の話だった。



「もうすぐ着くぞ。新しい我が家だ!!」

軽快に車を運転する父が陽気に言う。

外はたくさんの蝉が鳴いていて、眩しい日が差し込んでくるが、車内はクーラーがきいていて涼しかった。

俺は車窓から、新しく住む町を眺望する。

父の仕事の都合で引っ越して来る事となった『ヒイラギシティ』。
前いた町より都会で、家がとにかく多かった。当時6歳だった俺は、この新しい景色に打ち震えていた。

「さっ、ついたぞ」

車は新しい一軒家の駐車場で停まり、俺たちは車から降りる。
新居で、まだ真っ白の外壁に紺の屋根。これから住む我が家を俺は正面から見上げていた。

「へえ、中々綺麗なおうちじゃん!」

「ははっそうだろう。いやあ、いい場所にいい物件があったもんだ。ここだと小学校も中学校もちょうどいい距離にある。長く住むにはもってこいの場所だな」

「ほら、優也。ここがこれからあたし達が住むおうちだよっ!」

「このきれいなおうち?」

「そっ!前のボロのアパートとは大違いっ!」

「こら、そんな事言うんじゃない。何年もお世話になっただろう?」

「へっへーんだ。流石に慣れてたけど、もうあんな雨漏りする部屋ごめんだよ」

そんな痴話を交わしつつも俺たちは新居へと入って行った。

「外も綺麗だったけど、中も綺麗だね〜」

「ああ。それに、これから三人で暮らすにはちょうどいい広さだ。2階には優也用の部屋もあるしな」

「ま、一人部屋を持たせるにはまだはやいよね〜優也〜」

「ひとり〜?」

「まだパパとママと一緒がいいでしょっ?」

「うんっ!」


それから両親は荷物を整理し、夜ご飯の買い出しに出かける。
新しいキッチンを試しに使って作った母の料理は格段に美味しかった。

…そして、次の日。この日は平日、本来なら俺も新しい幼稚園に行くことになるが今は夏休みの為、登園は秋からになる。
父が仕事に出かけた後、朝ご飯を済ませた俺と母は近くの公園へ遊びに行く。

「ここは近くに公園もあるからいいねえ。ほらっ、優也!遊具で遊んで来なっ」

「わーい!」

すべり台、ブランコに砂場。まさに子供が遊ぶには十分な遊具の数々に俺は目を光らせていた。

俺が遊んでいる間、母は近所の人に挨拶回りをしていた。

「あっ、こんにちは!!先日引っ越してきた真田です!」

「あらあこんにちは〜!あそこに越して来た方ですねえ。うふふ、よろしくお願いします」



「ぶーん、びゅーん!」

俺はひとり、ブランコで遊んでいた。…すると、そこへ四つの影。

「ちょっと、あんた!!」

突然声をかけられ、俺は振り向く。そこにいたのは…

「ここは私達があそぶのよ!誰だか知らないけど、でてってよ!」

…やんちゃそうな女の子一人と、男の子三人がいた。
そしてそのリーダー格であろう女の子はこちらへ詰め寄ってきていた。

「え?えっ…?」

「でてって!それか、あんたも私のてしたになるんならいいわよ!」

「そうだそうだ!」

「えっと…よ、よくわかんない…」

「だからー!ここは私たちのあそぶばしょなのー!!それで、どーするのよ!!」

「う…わかんないってぇ…うっ…うっ…」

「……!?ちょ、ちょっと…急に、泣かないでよっ!」

どうすればいいのか訳がわからなくなってしまった俺は、思い切り泣き出してしまった。

「うぇええええん!!わぁあああああん!!!」

「優也!?」

その声を聞きつけ、母がこちらへ駆けつけた。

「何があったの優也!」

「うぅ…ママぁ!!…ひっく…ひっく…」

状況の説明もできず、その時の俺は母に抱きつくしかできなかった。

「……君達、何か知ってるかな?うちの息子が泣いているんだけどさ」

母はとりあえず近くにいた四人の子供たちに事情を聞いてみた。こういう時真っ先に彼女らが原因と決めつけないのがうちの母なのだ。

「えっ…と…その…」

当然、原因が自分らにあると知っている為に歯切れが悪い。

「…そ、そいつが俺たちの遊び場を…ひ、独り占めしててさあ!…ちょ、ちょっと退いてって言ったら…な、泣いちゃったんだよ!」

自分達に都合のいい解釈で言い訳をする男の子。それを聞いた母は。

「へえ、そっか…。うちの子をそんな意地悪な子に育てた覚えはないんだけどねぇ。……優也、今の話本当?」

「…ううぅ…」

頭が回らなかった。向こうが悪いのに、嘘をつかれたのに。悔しくて悲しくて、言葉が出てこなかったのだ。

「こーら、泣いてちゃ分かんないでしょ。優也、こういう時ちゃんと自分からほんとうの事言わないとずっと後悔するんだよ。大丈夫、お母さんがついてるから。ほら落ち着いて、深呼吸!」

「すぅー…ふぅー……ぅう…ひ…ひとりじめなんてしてない…」

「……ねえ、うちの子はこう言ってるけど?」

「っ…そ、そいつが嘘ついてるのさ!な、な!楓!!」

「う…え、ええそうよ!!」

「…はぁ、埒があかないね。こうなるとっ…そうだな、君たちのお母さん達とお話ししないといけないかなぁ」

この言葉で都合が悪くなったのか、子供達は焦りだした。

「げげっ!に、逃げろー!!」

「あっちょっと!待てよっ!」

「こらーっ、逃げ出さない!!」

あっという間に子供たちは逃げ出し姿が見えなくなってしまった。
…ただ、リーダー格の女の子だけは公園から家が近かったらしく、一目散に家へ入っていくのが見えたのだった。

「へえ、あそこに住んでるんだ…うん、丁度いいかな。引越しの挨拶も兼ねて、今度キチンとお話ししないとね」

「……ぅぅ」

「ほら、いつまで泣いてんの!男がいつまでもそうしてちゃカッコつかないぞ!」

そう言われ、涙を拭きながら俺は返事をした。

「…う、うんっ」

「よーし、それでこそあたし達の息子だ!」

…その後、母に連れられ俺は家へと帰ったのだった。


翌日は、お家で過ごした。昨日のこともあって怖くて行けなかったのだ。母はあの子の家に向かったようだが、両親は仕事でおらずそのまま帰ってきた。
……そして更に翌日。今度は向こうから母親がこちらへ訪ねてきた。母は明るく出迎えた後、話を切り出す。
あの子のお母さんも娘が他の子供を引き連れてそんな事をしているという事実に気づいておらず、自分の子供をちゃんと見れていないことを
母に指摘され反省していた。そして話し合いがついた後、俺は母に

「あの子達には、あのお母さんから注意してもらうようお願いしたよ。だからもう大丈夫!今度また、遊びに行くわよ!」

そう言われ、元気付けてもらったのだった。

結局そのあと公園に行ったのは、彼女らに絡まれた日から一週間後。

「……」

「大丈夫だって、あたしもついてるし。意地悪してくる子は、もういないよ」

そう言って公園にたどり着くと…あの女の子が一人だけ、いた。

「っ…いる、よ…」

「だから大丈夫!意地悪してくる子は居ないって言ったのよ」

「……ちょっと、あんた!」

「…ひっ!」

こちらを見て、早々。彼女がこちらへ向かって歩いてくる。…周りに男子たちはいなかったが俺は母の背に隠れた。
彼女は俺たちの前に来て、口を開いた。

「……めんなさい」

「……?」

「…何かな?」

「ご、ごめんなさいっ!!…あ、あたしが…悪かったわよっ…!」

…ちょっと、不貞腐れたような感じで彼女はこちらに謝ってきた。俺はまだ彼女が怖くて目を合わせられずにいる。

「…ほら、あの子勇気を出して謝ってきてくれたよ優也。何か返事は?」

「うっ…うん…い、いいよ」

彼女への恐怖はあったが俺は彼女を許してあげることにした。

「…そういえばさ。他の男の子たちはどうしたのかな?…楓ちゃん」

彼女は楓というらしい。母親同士で話した際、知ったのだ。

「……全員お母さんに、わるさしてるのがバレて…こなくなっちゃった」

…その時だけ少し、寂しそうに彼女は言った。取り巻きのようでも彼らは彼女の友達だった。
それをみて母も少し責任を感じたようで…

「…そーだっ。ね、楓ちゃん。うちの…優也と一緒に、遊ぼっか!」

「…えっ!?」

これには彼女も俺も驚いた。

「こないだはさ、初対面でちょっとツンケンしちゃったけど…それもはいっおしまいっ!仲直りして、一緒に遊んだ方がたのしーよ!ねっ?ほら、優也もっ!」

「…ふ、ふんっ。遊んで、…あげるわっ!」

まだ、ちょっと横柄な態度は抜けないようだ。

「さ、何して遊ぼっか。優也はなにか、ある?」

「えっ…その…」

「あんたっ男のくせに、なんでそうウジウジ…

「こーら!楓ちゃん!もうちょっと、優しく言ってあげて。そんなんじゃお互い仲良くなれないぞ!」

「っ…あーもうっ、ごめんなさいっ!」

彼女も、うちの母には形無しのようだった。




「まてーっ!!」

「あはっ、おそいわよっ!」

「いいぞ優也〜、頑張って追いかけろ〜!」

あれから母も加わってかくれんぼに鬼ごっこなどをして、すっかり俺は彼女と打ち解けていった。

「……あーっ、楽しかったね優也…。そろそろ、夕方だし帰らないと。楓ちゃんも、まっすぐおうちに帰るんだよ!」

「えーっもう終わり!?」

「うん。また遊びたかったら今度うちにおいでよ。うちもほら、あそこだし」

そういい母は自宅を指さす。

「……い、いいわ。楽しかったし…また、今度遊んであげるわ!!」

そう言い彼女は去っていった。

「いいねえあの子。中々エネルギッシュな子じゃないの。優也、今日は楽しかった?」

「うんっ」

「よかった!それじゃまたあの子と一緒に遊びましょうね」

「…う、うんっ…」

打ち解けたとは言え、まだちょっと。…パワフルな彼女への苦手意識は、残っているのであった。



ピンポーン

「はーい…あらっ。楓ちゃん」

「……その…えっと…」

「ふふっ…優也を遊びに誘いに来たのかな?」

「……」

「優也〜楓ちゃんがきたよ!」

「あ……こ…こんにちは」

「…あ…遊びに来てあげたわよっ。ふん、ほらっ早く出てきなさいよっ」

「あっ…うん」

「ふふっ…ちょうど家事もひと段落したところだし、私も行こうかな!」

それからというもの、ちょくちょく彼女は俺の家へきて、俺を遊びに誘う様になった。
最初は喧嘩しないか母も心配で一緒だったが、いつからかそれも無くなり二人で遊ぶ日も増えてきた。

……そんな、ある日。お昼下がりに、いつものように公園で遊んでいると…

「……あっ」

「…?どうしたの、楓ちゃん。…あ」

俺たちの前に現れたのは、以前楓と連んでいた悪ガキ達三人だった。

「あ、アンタ達なんでまた揃ってここにいるのよ。ママにこっぴどく叱られて、ここに来ること禁じられたんじゃないの?」

「…しばらくおとなしくしてたんだ。昨日、やっと許されたんだぜ」

「そんなことより楓!なんでそんな奴と一緒に遊んでんだよ」

「そーだそーだ。そんな喧嘩弱そうなやつといて楽しいのかよ」

「…た……楽しいわよ!!喧嘩やイタズラするのも楽しかったけど、優也と遊ぶのも楽しいわ!!」

「か、楓…」

「あっそ!じゃあもう、俺たちのボスはお前じゃないな!」

「ええ、かまわないわ!アンタ達みたいな人とはもう遊べない!ばーか!!」

「…言ったな、この野郎!!」

男の子が楓に殴りかかる。…が、楓はその腕を掴み、男の子に蹴りを入れた。

「ぐぁっ…」

「ふん、相変わらず弱いわね!!」

「くそっ、こうなったらお前たちも、こい!」

「えっ?ちょ、ちょっと!!三対一は聞いてないわよ!!」

「うるせー、今までのうらみだ!!」

「…はぁっ!」

「いてえっ!!」

「…オラァ!!」

「きゃあっ!!」

流石の楓も三人は分が悪く、相手の攻撃をくらってしまう。

「か、楓…!……やめろぉおおっ!!」

優也は相手の一人に掴みかかる。

「うわっ何すんだお前っ!このっ!!」

優也に注目が向いたことで、三人に隙が生まれた。

「くらえっ!!」

「ぐあ!」

思い切りのグーパンで男の子は一人ノックアウト。

「はぁあっ」

「ぎゃああ!!」

残り二人はキックに噛みつき。たまらず、三人は逃げ出していく。

「うぇえー、覚えてろよ〜!!」

「…はぁ、はぁ…。 逃げてったわね」

「……うぅ、怖かったよ…」

「泣くんじゃないわよっ!もういなくなったんだから。……」

「……でもアンタ、飛びかかるなんてやるじゃないの」

「えっ…う、うん…楓ちゃんやられちゃうと思って…。なんとかしなくちゃって…」

「バカね、私があんな奴らにやられるわけ無いじゃない。…でも……」

「……よしっ!ねえ、わたしについてきなさい!」

「えっ、ど、どこに行くの?」

「それはついてからのお楽しみ!!ほらっ早く!」

そう言われ俺は彼女に手を引っ張られ連れていかれる。





「ねぇ…こんな山まで来て大丈夫?く、くまとか出たりしない?」

「しないって!」

「もう…ゆ、夕方だよ…」

「夕方だからいいのよ!怖がってないで、黙ってついてきなさいよ!!」

…そう言われながら。彼女に連れて行かれた先にあったのは…。

「……わぁ…」

高台から見下ろす、広大な海景色。夕焼けで空と海がオレンジ色に染まり上がり、子供ながらにしてとても感動を覚える風景だった。

「…ここ、私しか知らないとっておきの秘密の場所なの!」

「…な、なんで僕に…教えてくれたの?」

「アンタの事を気に入ったからよ。…普段ウジウジしてるのは気に入らないけど…あの時私をたすけてくれたの、うれしかった。」

そう言った後、彼女は照れ臭そうに、俺に礼を言った。

「……ありがと。」

「…どういたしまして!!」



これが八年前の、俺と楓が出会った頃のはなし。

あれから俺は、楓と同じ幼稚園に途中入園し、同じ小学校、中学生にあがり…
いわゆる、幼馴染という関係になっている。

あれから俺も楓も、性格は大きく変わった。
俺は泣き虫で臆病じゃなくなったし、楓も昔より暴力は減って、お淑やかになった。…少しだけ。

「ほら、楓!早くしないと日が沈んじゃうよ!!」

「もー。わかってるからそんな引っ張らなくてもいいじゃないの」



「はぁっ…間に合った〜!!」

「……何度見ても、綺麗ね。ここからの海の眺め」

「…うん。…楓がこの場所を教えてくれたんだよね」

「あら、そうだったかしら?」

「わ、忘れたのかよ!!」

「ふふふ冗談。私にとっても思い出深い場所だもの。忘れるなんてことないわよ」

「はぁーまったく…」


…出会った時は、とても苦手だった彼女。そんな彼女と今、こうして
くだらない話で笑い合っていることを俺は幸せだと思っている。この先、何があるかわからないけど
今、この時を大切に生きていこうと、俺は思う。

楓side