息抜き落書き - 閑話 一歩を踏み出す勇気
これは、昔々…と言っても今よりほんの数年前のお話です。
公園に二人の親子がいました。

「んーっよいしょ!」

「わーい!!できたできた!お母さん見てた!?」

「凄いわ翠!逆上がりできたじゃないの!!」

「えへへへ〜!お母さんの言った通り、毎日ずーっと続けてたらできたよ!!」

「ええ、偉いわ翠。頑張って苦手なものを克服できてよかったわね」

「そうね〜それじゃご褒美に何か翠の欲しいもの買ってあげようかな!」

「えっ!!じゃあ…お花!!とっても綺麗なの!!」

「わかったわ。それじゃ帰りに買っていきましょうか」

この小さな女の子は松村翠、7歳。一般的な夫婦の元に生まれたとても元気で素直な女の子。
まだまだ苦手で出来ないものが多いが、両親に喜んでもらおうと
克服する為に毎日頑張っている、とてもお利口さんな良い子です。

(子供の頑張りには…親の私も、応えなくちゃね!折角だから奮発しちゃおうかしら!)

「すみません、このお店で一番高いお花ってあるかしら?」

「ああ、それなら…偶然入手する事のできたこちらのお花はどうでしょうか」

店員が差し出したのは水色でまるで氷のような輝きを放つそれはそれは美しい一輪の花だった。

「わぁー綺麗!!お母さん、これ欲しい!!」

「まぁ、ホントね。これ、なんというお花ですか?」

「これは氷結花ですね。雪が積もる山岳の一部にしか咲かないとても珍しいお花です。
更に、摘むと氷のように溶けてしまうんですがこちらは特殊な魔法がかかっていて
永遠に枯れずに溶けずにいるお花なのですよ」

「わあ、それは凄いですね。…ちなみに、おいくらです?」

「…あまり大きな声で言えないですが…ゴニョゴニョ」

「…わぁー…かなりお高いですね…というかよく手に入りましたね」

「いやぁ、知り合いの伝がたくさんありましてね。まあこの値段ならほぼ誰も買えないでしょうから店の飾りみたいなモンですよ」

「…そう、ですか。……」



お母さんは想像以上の高さだった氷結花の代わりにたくさんの色のお花を娘に買ってあげました。

「ごめんね翠?あのお花とっても高くって…代わりにほら、この島名物のカラフルなお花詰め合わせ買ったの。綺麗でしょ?」

「うん、綺麗なのたくさん!ありがとうお母さん!」

嬉しそうに花を受け取る翠。しかし、ほんの少し心に引っかかりが垣間見えた。

「……やっぱり、あのお花欲しかった?」

「えっ…う、うん…」

「うふふ、素直な子ね…。そうね、じゃあこれから毎日頑張って貯金して…いつかお金が貯まったら必ず翠にプレゼントするわ」

「ほ、ほんと!?」

「ええ、約束」

「じゃあじゃあ指切り!」

「ゆーびきーりげんまん嘘つーいたら針千本のーますっ!」

夕暮れの小道に、少女の嬉々とした約束の言葉が響き渡りました…。



人生とは何が起こるかわからない物です。
…そう、例えば幸せな日が突然別れを告げるという事も…。

雨が降る日に事故は起きました。
一家三人を乗せる車に、横からトラックが衝突したのです。
少女は母親に守られ、助かりましたが…彼女の両親は、残念ながら…。



「…………」

7歳の少女にとって、それはあまりに残酷な出来事でした。
残酷な出来事は大抵は人を大きく変えてしまう物です。
あの元気だった彼女は今は塞ぎ込むようになり、すっかり大人しくなってしまいました。

そして変わったのはそれだけではありません。

…彼女の通っていた学校で行われる、苦手な体育の時間では。

「……っ…怖い…」

彼女は跳び箱が怖くて、飛ぶことが出来ませんでした。
そして今までのようにそれを克服しようとすることもありません。

両親を失い、それまでは毎日のように新しい事や苦手な事に
挑戦していた彼女は、一歩を踏み出す力を失ってしまったのです…。



…ほかに血縁者のいなかった彼女は、孤児達の集まる施設へ保護されることになりました。
残された両親の遺産や家は…7歳では一人で管理するのは不可能だった事と
誰か別の人に相続されたらしく翠の手元にはなにも残りませんでした。
…それも、幼かった彼女には何がなんだか分かりませんでしたが…。

施設で彼女がやっている事は…大好きなお花の花壇にお水をやる事のみ。
他はなにも新しいことに手をつける気も何もありませんでした。

そんなある日。彼女はいつものように花壇にお水をやっていました。
…すると、突然後ろから声をかけられたのです。

「ねぇ!!君、今ひとり?」

「ひゃぅっ!?」

「…アミィ。急に大きい声で話しかけたらビックリするでしょ」

振り返るとそこには着飾った可愛らしい女の子と、魔女風の服を着たクールな女の子が立っていました。
…着飾った子は見たことありませんでしたが、魔女風の子は同じ施設にいたけど関わりのなかった子でした。

「ぁ…ぁぅ…」

翠は上手く声が出せません。引っ込み思案になり、ずっと会話をして来なかったからです。

「あのね、アタシアミィって言うんだ!!あ、こっちは咲希ね。アタシ達これから遊ぶんだけど二人じゃつまんないの!あなたも仲間に入ってよ!」

「……わ……私?…なんで…」

「…別に。他の子達はみんなそれぞれ遊んでるし。一人でいたあなたがちょうど良かっただけ」

「もう、咲希ったら!そんなんじゃないよ!遊べそうな子を探してたら、仲良くなれそうだなってピンと来ただけだよっ。…ねぇいいでしょ?一緒に遊ぼうよ〜!!」

「ぁ……は、はい…わかりました…」

押しに弱い翠は思わず承諾をします。

「おっけい決まりっ!!じゃあまずおにごっこ!アタシ鬼やるから逃げてねー!10…9…」

「えっ?えっ?」
「…なにしてるの。早く逃げるよ」

「は……はいぃっ!!」

その後彼女達は日が暮れるまで遊びました。

「はぁ…はぁ…疲れた…」

「あははははっみんな体力ないね!」

「…アミィは逆に体力ありすぎだと思う…」

「はぁー、楽しかった!!…あっ!そういえば…あなた、お名前は?」

「えっ…ぁ……ま、松村…翠です…」

「翠!可愛い名前!!ねぇ、また今度咲希と遊ぶ時に誘っても良いかなぁ?」

「だ、大丈夫…」

「やったね!じゃあまた遊ぼうね!約束だよーっ!!」

そう言ってまるで台風のような勢いの女の子は帰って行きました。

……これが、翠にとって初めて出来た友達だったのです。


それから、5年後。友達ができ、心の傷も徐々に癒えて来た彼女の元へ一つの届け物が届きます。

「……これ…わ、私宛…ですか?」

届いた段ボール箱を開くと、一輪の花と手紙がありました。

「…これって…!氷結花……!?どうして…」

慌てて送り主を見てみると…それは翠と家族が搬送された病院の名前が。
そして、同封されていた手紙を読むと、そこにはこう書かれていました。

翠ちゃんへ
この手紙は、病院の院長である私が5年前に書いたものです。
急に荷物が届いて驚いたかもしれないが、落ち着いてこの手紙を読んで欲しい。
…まず、この氷結花は…君の両親からの贈り物だ。
君の両親は…息を引き取る前、少しだけ意識があった。
そして私にこう頼んだんだ。
『もし私達が帰らぬ人となったら、残った遺産で翠にこの花を送ってやって欲しい』と。
私は彼女らの意思を汲み取り、この花を贈らせていただいたよ。
…家族を失って、とにかくツラかったかもしれない。
だけど天国にいる貴方の両親は貴方の幸せを必ず願っています。
だから、挫けないで強く、強く生きて欲しい。これは
私からの願いでもあります。どうか、この想いが届きますように。

「……お母さぁあん…ぅぅ……お父さぁぁん…うぅうっ…うぅうう……」

翠は大粒の涙を流しました。友達ができてからはあまり両親を思い出して泣く事は減りましたが
数年越しに両親の想い、優しさ…そしてあの日の約束を覚えてくれていたのを知り
ずっと…ずっと…。翠は日が暮れるまで泣き続けました…。



翌日、翠はいつもの3人で集まり話をしていました。

「独り立ちする!?」

「…うん」

突然の翠の打ち明けに、アミィと咲希は驚きの表情を隠せないでいます。

「…急にまたなんで?」

「私…お母さん達が亡くなった日からずっと…特に何もせず、施設で過ごしてきた。…でもそれじゃダメだって…昨日、この手紙が届いて思ったんだ」

そう言いながら翠は病院から送られてきた手紙を二人に見せました。

「…だから私…グリーンフォレストで一人暮らししようと思う。自分の大好きな植物を調べたり育てたりして…そしてそこから、色んな事に挑戦していきたいの」

「……そっか。よく考えて決めたことなんだね?」

「……うん」

「それだったら親友のアタシにできることは…一つ!」

「応援するよ!!翠の好きにやればいいっ!」

「……私達にできることがあれば言って…」

「ありがとう二人とも…」


「…でもグリーンフォレストに家なんてあった?」

「……」

「え、まさかノープラン!?」

「あ、あはは…そうだね…家建てるお金も技術も…ない。とりあえずしばらくテント張って過ごすつもりでいるよ」

「…いや、それならアタシ達で立てちゃいましょう」

「えっ!?」

「アタシ昔、木の切り方とか組み方とか教えてもらったんだ。二人にも教えてあげるから、みんなでログハウス作ろうよ!」

「……え本気?」

咲希は呆気に取られ、思わず聞き返しました。

「本気よ!!だいじょぶだいじょぶ、裁縫を少し難しくしたような物だって!!」

「……意味がわからない」

「さー、そうと決まったからには、早速行くわよ!!」



〜三時間後〜

「…………無理ぃ…重い…切りにくい…すぐ倒れる…」

「……どう考えても…子供が…女の子がやる事じゃない。しかも、三人で」

「…あの…やっぱり、こういうのってプロに頼んだ方がいいのでは…」

「うーん…でもアタシ建築士に知り合いがいないのよね…」

「……建築士じゃなくてもいいから誰か役立ちそうなのいない?」

「…………あっ!」


アミィは何か思いつくと、誰かを引っ張ってきました。

「……誰?」

「鍛冶屋のダイロ。アタシの家の二つ隣で知り合いなの」

「…おいおいアミィ…鍛冶屋から無理矢理引っ張ってきてよ…なんなんだよ?」

「おだまりなさい、そして自己紹介しなさい」

「ったく…えーと…紹介に預かったオレージ・ダイロだ。普段は鍛冶見習いをしてる。それで…何で呼ばれたんだよ?」

「ここに家を建てるの。あんた前におっきな小屋建ててたじゃない。手伝って頂戴?」

「はぁ!?…おいおい俺は鍛冶屋だぞ。パスだパス。そもそも誰なんだよ家を建てたいって頼んだのは…」

「……この子よ」

そう言ってアミィは咲希の後ろに隠れていた翠を指しました。

「……ッ!!(か、かわいい!!)」

「…あれ?どーしたー?おーい。ダイロー」

ダイロは翠を見て硬直しています。

「…ダイロッ!!」

「はっ!!……き、き、君の名前は、なな何でででしょう!?」

「ぇ、あっ…ま、松村翠です…」

「みみ翠ちゃんか!!俺、建築はかじった程度なんだがきき君の友達の頼みだ、手を貸すよ!!」

「アンタさっき断ろーとしてたでしょ…」

「……わかりやす」

「??」

こうして鍛冶屋のダイロが加わったことにより、効率的な木の切り方や組み立て、補強の仕方を教わり
みるみるうちに作業は進んで行きました。

そして三週間後。

「…ここに水の水晶を取り付ければ…よし、水道もできた!!」

「……じゃあっ完全なのね!?」

「…ああっ!!」

「やったーっ!」

「みんなありがとう!…あ、あの、ダイロさんもありがとうございました」

「…と、トーゼンの事をし、したまでだぜ」

最後までたじたじの翠とダイロなのでした。


……それからまもなく、翠は施設から森へと引っ越しました。
森での生活は今までとは全く違い、生き生きとした自然や動物に囲まれて
翠は今までよりも元気になりました。

…そして、翠が自立してしばらく経った頃。


「……ジョブ?…仕事のこと?」

ある昼下がりの事、翠はアミィ、咲希といういつもの3人組で家に集まり、会話をしていました。

「うん、まぁ仕事というか…職業かな?咲希」

「……ジョブチェンジと言った後にすぐ職業の名前を言うと…その職業にちなんだ能力が得られる。」

「そんな魔法があったんだ」

「うん。まぁ魔法というか…なんでも魔族には無くて、人間にしかない特別な力らしいよ?デメリットはほぼ無いから大多数の人が自分のジョブを決めてるみたい。」

「……それで、それが何か二人に関係あるの?」

「ふふん、それはねー…実はアタシ達、お店を開くことになりました〜!!」

「…えっ!?」

「アタシは両親の仕立て屋を継ぐの!」

「……私は、魔道具店を一から開く……」

「ずっと前からお店を開くために色々準備してたんだー」

「そ、そうだったんだ…凄いね、二人とも…」

「開業祝いに今度、二人の洋服作ってあげるねっ!!」

「…いや、開業祝いってこっちが何か渡すものなんじゃない?」

「気にしない気にしない!!あ、それでねー。アタシ達今からジョブってものを決めてみる事にするんだ」

「そ、それで…何になるの?」

「…ジョブの種類は、この本に書いている……。見たところ…アミィは仕立て屋、私は魔道具屋…かな」

「そ、そのまんまのがあるんだね…ちなみにその職業にちなんだ能力って何が貰えるの?」

「……『職業系のジョブは、洗練されればされるほど質が上がり、仕事も早くなり、更に疲れにくくなります。また、戦闘系のジョブは攻撃力や魔力などが上昇します。』……らしい」

「こりゃならない人はバカだよ〜!!それじゃ早速行こうかな〜」

「ジョブチェンジ!!仕立て屋ッ!」

すると、眩い光がアミィを包みました。

「…見た目はなにも変わってないね」

「…うぅん?劇的に何か変わった!って感じはしないかも。でもまぁ、これでやっと夢だった仕立て屋になれたんだよ!!」

「さぁ咲希もホラ。さっさとやっちゃって!」

「……ジョブチェンジ。魔道具屋」

少しやる気の無い詠唱でしたが、咲希も身体から眩い光溢れ出しました。

「…えっ?詠唱って叫ばなくてもいけるの!?先に言ってよ!一人だけ叫んで恥ずかしいじゃん!」

「……アミィは叫ばなくても十分騒がしいよ」

こうしてアミィと咲希はジョブチェンジにより自分の職業を決めました。

「…ねえ、翠も何かジョブ決めない?」

「えっ、私も!?」

「うん!ほら、なにか翠はやりたい仕事とかないの?」

「え…えっと…」

「……そんなに、焦る必要はないし、悩むこともない。ジョブは一ヶ月経てば自由に変えられるし…無理に決めなくちゃいけないって事も無いから…」

「あっ…そ、そうなんだ。……ねぇ咲希」

「……?」

「そ、その本…借りても良いかな?一応…私も、二人に追いつきたいから。何かいいジョブがないか、探しておきたいんだ」

「……うん、わかった。」

そう言って咲希は翠にジョブについての本を貸してあげました。

……それから二年。すっかりその本は埃を被ったまま本棚にしまわれています。
あれから森での暮らしに慣れた翠はまた、毎日変わり映えのない生活を送っていました。

変わらない事はそれはそれで素晴らしい事と思いますが、変わらないのは翠が意図的に避けているからでもあったのです。
そして翠もそれに気づいていました。彼女は心の支えとなる友人達と出会い、両親の遺した言葉によって
一歩踏み出す事はできました。…けれども、それだけ。そこから前に進む勇気はまだ、彼女は取り戻していませんでした。

この二年で彼女がした特筆する事と言えば…植物を守るために咲希に魔法を教わった…ぐらいでしょうか。
とにかく、現在も彼女のジョブは空きが空いたままなのです。

そして月日が流れ、5月の暖かい陽気がカラフルアイランドを包む頃。

彼女の大きなターニングポイントとなる事件が、島で起ころうとしているのでした。